メス堕ちの魅力について
ここで言うメス堕ちとは、
自分の中にある「メス」(自分の中の女性像的なもの)に身を委ね、
思いのまま、振る舞ってみることです。
そうすると普段は男性として暮らしている人でも、
不思議と息づかいや声、仕草、
身体の反応まで女性的になっていくことがあります。
相手から求められ、受け入れられている幸福感。
そして、自分が感じている姿そのものが、
相手を喜ばせ、興奮させているという悦び。
それらを素直に受け取れるような状態。
私はそれを「メス堕ち」状態と呼んでいます。
この感覚へ入りやすくするための具体的な練習方法は、
「メスイキのコツ① “メス堕ち脳”を鍛える」で紹介しています。
気になる項目をチェックせよ⬇︎
メスイキは確かに素晴らしいです。男性でも女性のような絶頂を味わえる体験。
けれど私はそれ以上に、メス堕ちの魅力について皆さんに知っていただきたいのです。
快感部分を切り取り、乱暴に言ってしまえば、
イケた、イケなかったの二元論になってしまう。
それも一つの解釈。
でもそれよりも深く心を満たすもの
それが抱かれる悦びなのです。
私自身、強く胸を打たれたのは、
男性の自分でも抱かれていいんだという体験そのものだったのです。
男性の日常においてなかなか体験できないこと。
誰かの剥き出しの欲望、それを全身で受け止めてしまうような
そんな体験こそが強烈に脳を焼くのです!
むしろその心の下地があればメスイキもしやすくなります。
メス堕ちのマインドには大きく分けて、2つの楽しみ方があると思っています。
一つは本当の自分とも、普段の自分とも違う、
「変態」という役割の自分に堕ちていき、
その非日常や羞恥を楽しむメス堕ちの形です。
けれど本当の「自分ではない役割」になって楽しむこと、
誰にでも響く訳ではないと私は考えます。
現に、言葉責めで冷めてしまうとか、羞恥プレイが全くわからない
そういった話は、現場でもよく耳にします。
けれど、もう一つの楽しみ方は、より根源的な欲求に触れるものです。
それは抱かれたい自分を、「本当の自分の一部」として受け入れるメス堕ちです。
もっと言えば、相手から必要とされること、求められることの悦びです。
メスがメスであることを、目の前の人に抱きしめられることで、
リアルに肯定されることが、より深いメス堕ちであり、
魂が歓喜する瞬間だってことです。
シンプルな話です。
抱かれたい気持ちを持つあなたがいて、それを抱きしめたいと思う誰かがいる。
それを言葉ではなく、心と身体で体験することって素晴らしいんです。
この章で私が言いたいのは、
多くの人にメス堕ちの門は開かれているということです。
私がもったいないと思うのは、
年齢、容姿などを理由に諦めてしまうことです。
抱かれたい、という気持ちがあれば誰でもメス堕ちを楽しめます。
ニューハーフや男の娘である必要もないし
女装する必要もないと私は思っています。
だって抱かれたいっていう純粋な気持ちこそ、
より人の心を動かすものじゃないですか?
少なくとも私の心と体は、想いの強さに、より反応するんです。
見た目がどうとか、年齢がどうとか、私は正直どうでもいい。
どんなバックボーンで、どんな想いを抱え、
何を求めて私のところへ来てくれたのか、それが重要です。
魂と魂の交流なんですよ、これは。
やや哲学的な話が先行してしまいましたが、
心の底から納得して、
この状況を受け入れることには、
こういった理由づけが必要な場合もあるのです。
そして深い納得は、精神の深い集中と没入感をもたらします。
実はこの集中と没入感こそがメスイキの過程において、
私が最も重要視している要素の一つなのです。
メス堕ちを取り入れることで、過程を楽しむことができるようになり、
自然と段階を踏みながらメスイキへ到達できるようになります。
メス堕ちの先にメスイキはやってくるのです。